ナッパー氏の発言の真意はどこ?
2019年8月8日 日本時間 7:42、共同通信からまた、米政府高官発言が報じられた。今回はマーク・ナッパー米国務省日韓担当国務次官補代理の名前が挙げられている。
曰く、8月7日にワシントンで開かれたシンポジウムでの発言であり、日韓に対し「関係改善には双方が責任を負っている」「ここ数カ月の相互信頼を損なう政治的決定について内省する必要がある」とし、喧嘩両成敗とばかりに日韓両方を叱責したかの論調の記事に読める。
しかし、Twitterで 閑道人 @risingsinot さんと ひよこ @jjaappaannhhiiy さんから情報を頂きながらいろいろ見ていくと、この発言はどうやらGSOMIAを破棄すると騒いでいる韓国政府と文在寅氏をやんわり諫めているニュアンスの方が強いのではないかと思われる。以下、簡単にまとめておく。
1. マーク・ナッパー米国務省日韓担当国務次官補代理
最初、この高官が7/30に日韓にStandstill Agreementを提案したとされる「匿名高官」ではないかと疑った。
ところが、マーク・ナッパー氏の名は7/10の朝鮮日報日本語版「輸出優遇除外:韓国高官ら支援求め訪米も、米は依然消極的」、7/31の中央日報日本語版「【グローバルアイ】「仲裁しようというワシントンの要人はいなかった」」などの記事に既に登場している。
彼は7/25に韓国からの陳情議員団と面会した際、「米国がどちらか片方に立って仲裁をすればもう片方の同盟と関係が損なわれかねない。米国ができる最善のことは韓日両国が対話できるように環境づくりをすること」だとして仲裁を断っている。
また8/2に日米韓外相会談が開かれたバンコクにおいて記者団と会見した「米国務省高官」も、立場と発言内容から見てナッパー氏だと考えられるが、「ソウルと東京の間の問題だ」と述べて、トランプ政権として仲介の意思がないことを表明したとのことである。(米高官、日韓問題「米国は仲介せず」 安保協力損なわれれば「能力低下」と対立解消を促す)
マーク・ナッパー氏がStandstill Agreementを提案した「匿名高官」だとは思えない。 cf.マーク・ナッパー - Wikipedia
2. シンポジウムでの発言の位置づけ
ところで、今回発言が報じられた、8/7にワシントンで開かれたシンポジウムとは、どこが主催するどの様な性質のシンポジウムで、ナッパー氏はどのような立場でこの発言をしたのだろうか。
ナッパー氏のTwitterAccount @MarcKnapper には、Bureau of East Asian and Pacific Affairs @USAsiaPacificからのRetweetがある。
DAS Knapper gave opening remarks at @Heritage on the importance of the US-#Japan-#ROK trilateral cooperation based on shared values and principles in maintaining a free and open Indo-Pacific region. pic.twitter.com/aZg1AJAm7m
— EAP Bureau (@USAsiaPacific) August 7, 2019
このTweetによると、8/7にナッパー氏が発言したシンポジウムは、ヘリテージ財団主催のシンポジウムであり、ナッパー氏は「自由で開放的なインド太平洋地域を維持するための共有された価値と原理を基礎とした日米韓の三極協力の重要性について」のopening remarks(開会挨拶)をしたとある。
Wikipediaによると、ヘリテージ財団とは「アメリカ合衆国ワシントンD.C.に本部を置く保守系シンクタンク。企業の自由、小さな政府、個人の自由、伝統的な米国の価値観、国防の強化などを掲げ、米国政府の政策決定に大きな影響力を持つ。」とある。
シンポジウムの詳しい内容の情報は見つからないのだが、この繋がりで行くと、インド太平洋地域戦略、即ち中国共産党支配下の中国封じ込め戦略に関するシンポジウムで、今後、米国政府の政策形成に繋がっていくテーマについて話し合うものだったと見て大きな間違いはないだろう。そのシンポジウムの開会挨拶として、ナッパー氏は件の発言をした訳だ。
3.ロイター英語版に見るナッパー氏自身の言葉
そのような文脈において、ナッパー氏は 「中国や北朝鮮、ロシアが「日韓関係の摩擦につけ込む」動きもあると指摘し、日米韓3カ国の連携に「くさびを打ち込むことを許してはならない」と訴えた」訳だ。(日韓険悪化「双方に責任」と米 関係改善促す | 共同通信)
だとすれば、真っ先に問題になってくるのはもちろん、韓国政府が人質に採っているGSOMIAであり、米国としては「破棄するとは何事か」ということに当然なる。
この発言について、ロイターの英語版にまあまあ長文の記事が出た。
この記事には、記者の要約文ではなく、ナッパー氏自身が発した言葉が書かれていると見られる部分がある。そこだけを抜き出して見てみよう。
ご覧の通り、mustが使われているのは(1)の「楔が打ち込まれるようなことがあってはならない」の部分だけで、(2)~(4)の日韓に関わることでは使われていない。日韓に関わる部分ではほぼすべてで"We believe"が使われている。
(2)の"each bears responsibility for"は、メディアで報じられているような「どちらにも責任がある」という強い口調ではなく、「責任を分け合ってる(と信じてるよ)」というニュアンスである。
(3)で"some soul searching"(ある種の魂の検証)と"prudence is required to prevent tensions contaminating the economic and security aspects"(経済と安全保障の局面を汚染する緊張から忌避する慎重さ)が"by the same token"(同じ理由から)必要だと述べられているが、この部分では「魂の検証」と「汚染する緊張から忌避する慎重さ」が必要な方を念頭にメンションされている感が強い。
とりわけ直接的なのは(4)で、"Calm confident words from national leaders"(一国のリーダー(達)からの落ち着いて信じられる言葉)が国民からの落ち着いて信ずべき反応を創出する、と米国は信じている、というこの発言は、客観的に見て、誰に向けられているだろうか。
ナッパー氏は、既に紹介したように、「米国がどちらか片方に立って仲裁をすればもう片方の同盟と関係が損なわれかねない」【グローバルアイ】「仲裁しようというワシントンの要人はいなかった」=韓国 | Joongang Ilbo | 中央日報 という姿勢である。
彼のこの発言を踏まえて考えれば、(1)mustが使われている部分は「GSOMIAの破棄はmust not」という意味であり、(2)日本に責任がないとはいわないけれど、(3)「魂の検証」と「経済と安全保障を維持する慎重さ」が必要な人が居る、そしてその人は(4)国民を落ち着かせる立場にある一国のリーダーに相応しい、落ち着いて信用できる言葉を使うべきだ、とナッパー氏は言っているようにしか見えなくなる。
それは、いうまでもなく、文在寅氏に向けられている遠回しな非難と見るのが正常な判断であろう。
即ち、ナッパー氏は、どうやらGSOMIAを破棄すると騒いでいる韓国政府と文在寅氏をやんわり諫めている、そういったニュアンスでシンポジウムの開会挨拶を述べているのではないかと思われる。
冒頭の共同通信の記事や日本語版ロイター通信の記事は、事の真相を意図してか意図せずか、日本にも責任があると随分ねじ曲げた論調のようにも読める。少なくとも、記事の論調を鵜呑みにするのが憚られる内容だというほかないだろう。